サルベージ物。
2006年11月作成、2007年5月最終更新の名無しテキストファイルより。
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脳と仮想。
DWのプロットと取っ組み合いをしつつ、脳と心とネットワークについては、常にぐるぐると考えています。
多くは、人が人に、イメージを投影するということについて。
例えば、ネット上で知り合った人。
本当の姿も声も知らないのに、その人達は確かに、自分の心の中に座を占めている。本当の「その人」のことなど知らないと分かっているのに、イメージを投影する。意識する・しないに関わらず……メールを書くにしろ、チャットで話すにしろ、おそらく、「その人」に対して言葉を紡ぐ時には、自分の中に、「その人の像」がヴァーチャルにできあがっていると思う。
ネットの世界に限らず、リアルに付き合いのある友人に紙の手紙を書く時にも、意識をしていないだけで、やはり、ヴァーチャルな像を思い浮かべているのだと思うが。
……不思議なのは、姿形も知らないその人達の存在を、とてもリアルに感じること。
文字あるいは絵として表出したものでしか知らないが……だからこそ、多くをイメージで補い、故に、その像は強く自己に親和する。
「VN(ネット世界)は理想化されているからシンクロしやすい」というのは、作中で使ったことのある表現だが、……改めて、ああそうかこういうことか、と。
現代のネットワークは、VN世界のように身体感覚を伴うわけではないが、それ故に、強く理想化が起きるのかもしれない。他ならぬ、利用者の脳の働きによって。
脳は、世界の欠損を想像によって補ってしまうものだから。自らの内にある情報で、自動的かつ無自覚に。

