欲望に忠実に、潮騒を聴きに行ってきましたよ。以前某方と群島妄想強化合宿で訪れた某所。ちょっとした実験(何)を兼ねて、突発的に一人遠足です。
周囲680mという小さな島で、島全体が神域(神社の境内)にして天然記念物というところ。はっきりいってお年寄りしか来ない場所なので、遊歩道を外れて岩場に降りれば、貸し切り気分が味わえます。そういうわけで、木陰になる岩場を見つけてぼやっと座り続けたり、綺麗な貝殻を探してみたり、岩石を観察したり、サンダル履きだったのをいいことにジーンズの裾をまくって膝下まで海に入ってみたり、ついでに波に洗われる貝殻をつかまえてみたり……と、心ゆくまで一人遊びに興じてきました。うん、誰かを誘ったりしなくて良かったな。一人でなければ、こんなに自由に遊べなかった。ドライブ1時間でたどり着ける無人島気分プライスレス。神社にお参りとかもしたけども、それ含めて3時間ほど過ごしてきました。
思う存分ナマの海(変な表現)と戯れて、その後は姉が教えてくれた海の見えるカフェでお茶。テラス席で本でも読もうかなぁ、と思っていたのだけど、海を眺めるためだけにあるような一人席(窓に面して置かれた、オットマンつきのソファ)に案内してもらえたので、ティーカップを抱えて海を眺めつつ、ひたすらのんびりしてきました。……うん、価格設定は高めだけど、あの居心地の良さ、ひとりでのんびりできる場所と時間のことを思えば、納得。これまた、友達と一緒におしゃべりするより、ひとりのほうが断然よかったと思う。
……海は、いいなあ。(しみじみ
そういえば、私は受験生の頃、突発的に「月夜の浜辺(中原中也のアレ)」をやりにいくー! と言って母や姉を動員し、砂浜まで夜のドライブ(往復3時間)に行かせる、ということがありました。……家族にとっちゃ良い迷惑だっただろうが、そういうことをするくらいだから、昔から海は好きなんだろうな。海水浴には興味ないんだけど、ただそこで、潮騒を聴いているのが好き。夜の海なんて波の音ばかりで何も見えないけど、それで良かった。……気分転換、というのとは何か違った気がするけど、ただ潮騒の響きを必要としている時期がありました。やっぱり、神経のバランスが悪かったのだと思う。
今回「潮騒を聴きに」行ったのは、動機の半分は萌え補給だったのだけど(笑)、実質的には精神安定を求めていたのだろうなー。……うん、だいぶ元気になった、と思う。
そして、動機のもう半分は、わざと疲れるようなことをして「身体的な疲労がどれほど状態を悪化させるか」等を確かめる——という人体実験でした。でもそれは(今のところ)あまり問題ではない、ようです。うん、まぁ、どうせ疲れるんならついでに萌えも補給してこよう、という話だったのね。夏コミが大丈夫だったことである程度は分かっていたんだけど、夜行バスには慣れてるし会場でも極力疲労を避けてたお陰であまり疲れなかったから、確証がなかった。
また、心理的な面では、萌えという大きなサポート(笑)があるにしろ「自分以外の誰も頼れない(家族に迎えに来て貰うのも実質不可能な)」状況で、「あまり慣れていないこと」を、どれほどできるのか……ということでもあって。まぁ、それもこれまでの諸々で分かってはいたんだけど、やはり(現時点では)さして負担にはならない、と確認しました。
無論、薬の力を借りているということもあるのだけど、それでも抑えきれない場合はあるわけでね。……先日ちょっとそういうことがあって、何が原因だったかは大体わかっていたけど、その時「そもそも身体が疲れてた」というのもあったので、そこんとこはっきりさせるために実験した、のでした。……やはり、懸念は自分なりにまとめて医師に相談、だな。神経性…といっても、「心」なのか「肉体の一部としての神経」なのか、どっちが主原因か見極める必要がある。いずれにしろ処方される薬は変わらないにしてもね。
ま、そんなこんな、で。
不安定だとは言いつつも、徐々に意欲と行動力を取り戻して、元気になってきていますよ。元々、無駄な意欲はある方なんだよ。そうでなければものを書いたりしない。ですので、ここに何かを書いているうちは、なんだかんだいっても大事ないということでひとつ。
そうそう。折角なので、と神社でひいてみた御神籤は「大吉」でした。「鶯の春にあふが如し」——春待ちて鶯の野山に遊び、朗らかに鳴くが如く、苦より楽に移るの態(すがた)——だそうです。いや、項目ごとの言葉にしても、こんなに良いことばかり書いてある御神籤を引いたのは初めてですよ。てゆうか、「ひょっとして神様、最近のこと全部みてました?」とか思ってしまった。この私が。
病については「速(すみやか)に全快する」そうなので、うん、まぁ、ひいてみて良かった、かな。
……信じてみようと、思います。